自転車について

37年目にして、サドルバックリフォーム

↑アズマ産業のバックやら袋はずいぶん前から使っている。アズマ産業? 何それ?という方はオーストリッチといった方がわかりやすいか?
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↑あたしンちにはいくつかオーストリッチ製バックやら袋やらがある。その中でいちばんの古参がコレだ。型番はS-1 サドルバック、廃盤商品で現行の同社カタログには後継のS-2が掲載されている。小判バックなんて言ってたかな? アレッ!言ってなかったっけ?

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↑アチコチ補修してはいるが、まだまだ現役バリバリで年に何回かは尻の下にぶら下がっている。使うには問題ないが、見すぼらしさもバリバリだ。メンテナンスもシロウトのやっ付け仕事なんで、輪をかけて貧乏くさい。

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↑因みにサドルバックって、どちら側が前で、どちら側が後ろなんだろう?

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↑蓋には1983.8.19の文字がある。大学サイクリング同好会の夏合宿用にと、上大岡のゲンマ(現Y.sロードの店舗)でこの日に購入した。1983年の夏合宿は、8月23日午前8時30分青森駅前現地集合で、8月31日奥松島解散だったかな。

合宿スタートまでぢ間はタイトだったが、津軽、下北に逢いたくて、バック買ったその足で上野発急行八甲田青森行夜行に乗車した。19日は車中泊、20日は津軽線中小国駅で野宿、21日は大間崎YH、22日は大湊線陸奥横浜駅で野宿! そして23日の集合ぢ間にギリギリ滑り込んだ。

あたしの所属した関東学院大学サイクリング同好会は、どちらかというと軟派なサークルだった。宿泊は基本YHと民宿で、キャンピングはしない。体育連合会にも、上部団体のESCAや西サ連にも入っていなかった。

個人的に野宿はしていたので、寝袋は携帯していたが、テント張ったり野外炊飯の用意もなかった。精々コーヒーを沸かすくらいだ。だから、合宿込みで1ヶ月くらいのツーリングでも、このサイズのサドルバックとフロントバックという軽装だった。サイドバックを下げたことはない。

野生児だった当時のあたしは、M大のワーゲンレンカーのような硬派を期待し入部を躊躇したが、入ってからの居心地は悪くなかった。実際旅先でワーゲンレンカーと遭遇したこともあるが、なかなか凄かった(^^) 何が凄かったかって? ウーン・・・・

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↑話しをS-1サドルバックに戻す事にする。1枚目の写真と同じ構図で撮った。変化に気がつくだろうか?

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↑コレは2枚目と同じ構図だ。如何か?

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↑3枚目の写真だとさすがに気が付くだろう。シロウトのやっつけ仕事ではなく、今回プロにお願いすることにした。アズマ産業さんにちょろっと相談してみたら、とっても感じよく丁寧に対応していただいた。自分が考えていた金額よりもはるかに安く仕上げてもらい、且つその明細が解りやすい。ベルト通しの革、各種金具、本体のパイピング、綻び縫製、あと写真では見えないが、補強用の金属プレートも替えてもらった。しかも納期がめっちゃ早い!!水曜日に送って土曜日に納品されたんさ。

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↑37年目にして若返った。減価償却は完全に終わっている。

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↑テールランプ用にフックを付けてもらった。ジーンズの端切れをぢ己流で縫い付けていたが、あまり褒められた出来ではなかった。綺麗に作り直してくれて満足している。

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↑津軽の写真が出てきた。日付が83.8.20となってるんでS-1サドルバックを買った翌日だ。S-1がちゃんとサドル下にぶら下がっている。ぢ転車はダイアモンド・ツーリングDT-6210だ。この時あたしは二十歳だね。ずいぶんと長く使っているが、まだまだ使えそうだ(^^)

サイクリングシューズを買ったぞ!

サイクリング専用シューズを買ったのは何年ぶりだろうか? 思考をめくり返してみると、二十歳前後の頃に買った記憶がある。当時 大学サイクリング同好会の同期S君が、黒色のトラディショナルな皮製レーシングシューズを履いていた。靴底に金属製のクリートなるものがくっ付いていて、歩くとカチャカチャとやたらうるさかった。因みにS君の愛車はプロ・ミヤタ! オールジュラ? だったかな? あの頃のジュラはセンス良かった。プロ・ミヤタ!鮮やかな青色に、ゴールドの胴抜きのある宮田ぢ転車の名車だ。クイル型ペダルにトウクリップのぢ代である。あたしもクイル型ペダルを使ってたが、クリートは使ってなかった。 そんな頃にあたしも、うす緑色のツーリングシューズを手に入れた。後輩のT君が、サイズが合わなかった!との事であたしが引き取ったものだ。いくらで引き取ったかは覚えてないが、ぴったしだったし、履きやすかった。

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↑だからそれ以来のサイクリング専用シューズ!因みに今回は新品だぞ!

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↑一見普通のスニーカーのように見えるが、

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↑靴底はこんな風になっている。ビンディングペダルでも使えるようだ。が、いわゆるレーシングシューズではない。だから歩き易い。それに漕ぎやすい。

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↑履き心地いいぞ!色も気に入った!ちなみにシマノブランドだ。

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↑レーシングシューズはやたらと種類があるのに、こういうサイクリングシューズ!案外と選択肢が少ない。需要がないのか? ショップの人に言わせると「エントリーモデル」なんだとか。 (* ̄- ̄)ふ~ん!そうなんだぁ

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↑履くとこんな感じ

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↑如何でしょう?

輪行車をプチッと改良(^^)

てなわけで、輪行車のNorton 650Aをプチッと改良した。

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↑あたしのレポートに時々登場するRoyal Norton 650×35Aツーリング! ハチサンの輪行車だ。何処を改良したのか?というと

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↑先ずはココである。何年か前にブレーキの換装を行った。それまで絶対的に支持していたMAFACクリテリウムから、吉貝GC-999 である。

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↑スピードコントロール性は格段に向上したものの、輪行の際にちょろっと厄介な事が発生した。アーチワイヤーがブレーキ本体から外れてしまうのだ。外れる事はむしろ歓迎なのだが、吉貝の純正千鳥だと、ワイヤー本体からも外れてしまう。そうするとアーチワイヤーの紛失に繋がる。いざ組み立てたはいいがアーチワイヤーがない!なんてことになったら目も当てられない。まぁコレは、袋詰め時の指差し確認の成果か、失くした事はないが。外れなければで失くすリスクは防げる。それよりもあたし的に厄介と感じるのは、アーチワイヤーの前後がわからなくなっちゃう事。微妙に前後で長さが違うんで、組み付けの際にやり直すコトが度々発生した。リスクと言うよりストレスだ!

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↑印でも付けようか?とも思ったが、押入れからこんなんが出てきた。随分前にBianchi 26HEパスハン用に2組買ったものだ。黒色とシルバーを買って、Bianchi君には黒色を採用した。その残りである。吉貝の千鳥に比べると角度が若干鈍角気味。コレがブレーキタッチにどう影響するかはわからないが、乗り手はそこまで敏感ではない。

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↑無事換装完了

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↑みた目の違和感は全くない。タッチもマイルドな感じだ。何よりもアーチワイヤーがひとり歩きする事がなくなった。輪行時のストレス解消だ。

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↑続いてプチッと改良したのはココ! 分割ガードの固定ボルト。5ミリアーレンキー締めだ。あたしはいわゆるマルチツールを携帯するのだが、この狭い空間で締め込むのは案外と骨が折れる。

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↑ココは蝶ネジを使うことにする。M6の蝶ボルト 長さ15ミリが近所のホームセンターで見つからず、楽天さんのお世話になる。1個210円もした。予備含めて2個買ったんで420円。送料300円だ。なんだか随分割高な気もするが、輪行がちょろっと楽になる筈

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↑こんな感じ!

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↑ドロ除けスティとリヤエンドの固定も蝶ネジなんで、ドロ除けの脱着は工具不要となった。

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↑仕上げはコレ! ヘッドバッチだ。Norton 650Aのヘッドチューブにはタンゲ鉄鋼さんのチャンピオンNo2シールが貼ってある。前オーナーの意匠だが、コレを剥がしてヘッドバッチを貼り付ける予定だ。しかしながら、まっ平らな状態なんで、チューブの湾曲に合わせて加工する必要がある。まぁココは追い追いという事で!

GIOSが来た!

大河ドラマのタイトルのようであるが、麒麟は「来た」ではなくて「くる」だ。「来た」のはダーウィンである・・・この件は以前に何かで聞いたことがある。いつか使ってやろうとコピペってたが、今回初披露! 因みに「なんのこと??」という方は、日曜日のゴールデンタイムにNHKを見て頂ければわかると思う。

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↑で、お題目にあるGIOSがあたしンちにやって来た。GIOSというと鮮やかなGIOS BLUEが象徴的だか、あたしンちに来たのは色白の娘である。言うなれば、らしくないGIOS! 例えるなら、ちぇれすてぢゃないBianchi あおいろぢゃないスバルWRXといったところか?ロードではない、20インチの小径車である。

あまり詳しくなかったので、GIOSをググッてみた。昔はGIOS Torino なんて言ってたかな?なんて記憶していたが、どうやら現状のGIOSとGIOS Torinoは別モノらしい。細かいコトは割愛するが、あたしンちにきたのは、Torinoではない方の庶民的なGIOSだ。Antico(アンティーコ)というモデルらしい。仏訳するとAntique(アンティーク) なんとまぁステキな命名だこと。愛情を込めてきょうから「ぢおすあんちこ」と呼ぶことにする。

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↑510ミリのクロモリフレーム 長ぁ〜いヘッドチューブにヘッドバッチとWレバーが付く。シートチューブとダウンチューブの胴抜きに懐かしさを感じる。

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↑後ろから見るとちょろっと華奢な感じ!ホイールサイズは451 パナソニック レ・マイヨと足元は共用できそうだ。フレームは所謂ホリゾンタルAnticoの所以か。子どもなら三角乗りが出来るかも。

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↑駆動部はこんな感じ! 2×8の16段変速だ。シマノ製のディレイラーがバシッと決まる。フロントアウターは52T  なかなか戦闘的であるしデザインもわるくない。ちっこいロードレーサーのようないで立ちだが目方は10.72㌔ 重いのか軽いのか? 

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↑ブレーキはいま風の、アウター内蔵型! 一見ワイヤーを張ってないようにも見えるが・・・

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↑あれれ

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↑実は本当に張ってない(^^) 埼玉の蓮田まで輪行で引き取りに行ったぢおすあんちこ!ロードのように三枚おろしにして袋詰めしたが、これがまた案外と小さくまとまらない。ロード用の輪行袋持って行ってよかった。それにホイールがちっこい分バランスが悪く、上手に縛らないと自立しない。Dahonの輪行袋で入るかな?なんて一瞬血迷ったが、とんでもない錯覚。それこそ御法度のはみ出し輪行になるところであった。幸いにして帰りの宇都宮線、京急線はベストポジに袋を置けて座って帰還。金沢八景駅で組み立てて押しで帰ってきた。現地でちょろっと試乗してみたが、硬めでクイックな乗り心地。目線から低い位置にある1/8タイヤが妙に細く感じる。この状態での乗車は、ノーブレーキピストよりたちが悪い。

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↑消えかかっているがトップチューブにはAnticoの文字が入る。さてこのあんちこ、オーバーホールして暫く遊んだ後は職場に持ち込む予定。ちょっと前からそんな目論見があり、手ごろなブツを探していたらこれに当たった。もうちょっとコンフォート系を狙っていたが、あたし的には掘り出し物だ。



サイクルスポーツ紙 76年11月号が押入れから出てきた話し(^^)

1976年といえば、あたしが中学2年生ころだ。ぢ転車に興味を持ち始めて、友達とあちこち遠乗りに行った。使用機材はBSヤングウェイガン!セミドロハンドルの5段変速だった。そんな頃に購読していたのが、サイクルスポーツ誌 手元にあるのはこの一冊だけ。ニューサイクリング誌も時々買っていたが、14歳のあたしには敷居が高すぎた。その後経験を重ね、段々とぢ転車の知識が増してくると、ニューサイ誌に移行したが、そのニューサイも今はない。あたしンちに唯一残るサイスポ誌の中をちょろっと覗いてみることにする。ぢ己満足のレポートだが、読んでいただけると嬉しいな😊

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↑なかなかワイルドな! 野生チックな! 汗臭い表紙だ。この時代はみんなこんな格好で漕いでいた。初めて買ったサイスポ誌は、この何号か前の筈。 記憶に残ってる記事は「我ら外車党」なんていうお題目だった。デ・ローザ コルナゴetcを初めて知る。45万円という価格におったまげた少年六浦っ子(^^) ちなみにその時出ていた外車で気になったのは、レニャーノだった。

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↑親のスネをかぢって買って貰った石橋さんちのDT-6210、大学2年生頃までのあたしの旗艦だ。友達がボルドー色のDT-6010に乗っていた。あたしも本当はボルドーが欲しかったが、被るのでシャインホワイトにした。駆動部はサンツアー、スギノのパーツを多用していた。藤田プロのサドルかわやたらと硬かった。

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↑少年よ大志を抱け!のクラークさんとこにもこのDT-6210で行った。19歳の夏!

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↑コチラは丸石エンペラー  現行のエンペラーに比べるとちょっと華奢な感じ。ブランドはいまだに残っている。恐るべし。フレームカラーも渋いぜ。丸石さんに乗ってる友達はいなかったが、ベニックスに乗ってたやつはいた。エンペラーとベニックスは、あたしの中では一目置く存在だ。

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↑宮田ジュネスシリーズ! メルクスシリーズの廉価版で、二人の友達がクロモリジュネスとハイテンのジュネスに乗っていた。宮田はオレンヂ色のイメージがある。ル・マンシリーズのご先祖様だな。宮田はシマノ、栄が駆動部を飾っていた。

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↑ヤマハからは、ヤンクル&バンクル!いわゆるBMXのはしり!友達がヤマハモトバイクに乗ってた。 そして、ゼブラ・アルピナ!

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↑知る人ぞ知るマイナーブランドだが、ナカナカいい感ぢだ。ステムにQRが付いてる。楽々輪行がウリ!シルクパーフェクトクイックとかアルプス・クイックエースと同じ考えか? このステム欲しいなぁ。 70年代のアルピナはこんな感ぢ。当時はアウトof眼中だったが、いまみると魅力的だ。ゼブラアルピナと、光ハイダッシュランドナーが頭の中ではイメージが重なる。しかしながら両車とも実車は見たことがない(^^)

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↑フジオリンピックとフェザーコンポ!フェザーコンポはロードマンのようにベースがあって、アクセサリーを選んで組付けるやり方。ぢ転車屋さん大変だったろうな

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↑ナショナル ぢ転車! 今のパナソニックだ。あたしのパナデモンタのご先祖様も掲載されていた。「今日、ロードレーサー明日、スポルテーフ」この頃は27×1 1/4とか1/8が標準だったスポルティーフのWOホイール寸法。これがチューブラーと同一の700Cにして、ホイール交換だけでロードレーサーにもスポルティーフにもなる!という発想だ。ロードレーサーの第一条件はチューブラータイヤだった。WOタイヤを履いたガードのないスポルティーフの事を、ファーストライディングなんて言ってた。好きな言い方だかいまはあまり聞かない。友達が乗ってた1/8はホイールがデカくて細くてカッコ良かった。でも頻繁にパンクしてたなぁ!

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↑じゃんじゃん横丁! そう!いわゆるぢ転車の売り買いだ。住所 電話番号 名前まで全て載って載ってる。個人情報保護なんて考えは、ここには無い。売主に電話しても大概売り切れだった。

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↑地方(大分県別府市)の少年だったあたし。欲しいパーツは通信販売に頼ってた。京都のイワイさん。名古屋の二光さんは常連だった。初めての通信販売はユーレースーパーアルビーとレフォールのガード!

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↑知る人ぞ知るブルーワーカー! 友達ん家にあったなー シークレットブーツとブルーワーカーはこの時代の雑誌広告の定番(^^)

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↑ご近所の木下サイクルも広告を出していた。長谷川さんとこのシューズは魅力的だ。

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↑コレは初代のユーラシア! それまでのSSシリーズのカラーがシブい分、ユーラシアが華やかに見えた。淡ぁ〜いピンク、同グリーン、同ブルーの色彩がオサレだった。広告がモノクロなんでわからんてσ(^_^;)

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↑因みにこのサイスポ誌、定価300円だ。もちろん消費税はない時代の話し。以上あたしのぢ己満足レポート。おいしゅうございました。

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